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クリエイター:SEISUI アーティスト

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SEISUI/ Artist

「自然にはかなわねえ。この雲をいつか描きたい」 
描きたいものは身近にあった。

作品世界のキーワード/Keyword of creation

It's my SOUL!!

このクリエイターの出品作品

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 【原画】愛のはじまりはいつもこここから  【複製画】愛のはじまりはいつもここから  【ポストカード】愛のはじまりはいつもここから
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 ボディペイント for ウェディング
   

自己紹介

1974年東京生まれ、本名は嵯峨成一です。

十代の頃、能面作家の滝田琇水氏に出会い、芸術の道に進むことを決意する。 1995年旅に出発、ジャマイカでラスタマンと生活を供にし、その後ニューヨークに滞在。帰国後20代の中頃まで能面制作に没頭。アメリカのストリートアートやレゲエ、パンクカルチャーに多大な影響を受けグラフィックやファッションデザインに携わる。

2003年からカフェ、バー、ライブハウス、クラブ、野外フェスティバル等でのライブペインティング活動と、店舗等の壁画制作を開始。

2010年からボディペインティングアーティストとしても活動開始。都内を中心に結婚式場、キャバクラ、パーティ会場に出張してボディペイントをしています。

HP http://naedoco.net/highest/   ブログ http://profile.ameba.jp/onelovecrew/

経歴

2004年石川県七尾美術館で開催された面匠会能面展で能面展示。
2009年フジテレビ主催(秋のイベント2009臨海副都心で楽しもう!)にライブペインティングで出演。
2010年国連、フジテレビ主催(LOVE THE EARTH PROJECT 21)にライブペインティングで出演。
2010 年東京都美術館で開催された東京現展で絵の展示をしました。
2010年第66回現展初入選。国立新美術館にて絵の展示をしました。

クリエイター x ウッテリエ インタビュー

自然にはかなわねえ。この雲をいつか描きたい

031_interview-2.jpg それまでドクロのモチーフやパンク(攻撃)、デモーリッシュ(破壊)な絵ばかり描いていた。ふつうの人なら眉をひそめる“暗い絵”。煌めく才能から出発したものの、挫折を味わい、屈折し、また逃避した。つむぎだされるアートで“ゲリラ活動”もした。「認めてほしい」と心が叫んでいた。パンクな生きざまが、九十九折(つづらおり)の山道で転機を迎えるまで-。

九十九折の青春の果てに、四方を山に囲まれた南安曇野の地に着いた。この世とは思えない美しさが空から差してきた。

「この茜色の夕陽を描きたい」

生命が生まれるオレンジ色。アート・バーバリアン(野蛮人)がアート・ピュアリスト(純粋人)に転換なるまで波乱づくめだった。

031_interview-3.jpg 「アートは森林を伐採して作られている。なくてもいい、ムダなものでもある。そのままでは粗大ゴミなんだ」 SEISUIこと嵯峨成水(さが せいすい)さんは目を輝かせる。「でも戦渦に遭い、盗難もまぬがれて、作者が死んだあともたくさんの人に大事にされる作品、自然淘汰に生き残る絵を描きたいんだ」

【煌めきの時代】

才能の煌めきは、高校1年生の美術の授業にさかのぼる。課題は石膏像のデッサン。スケッチブックに陰影を描いていた。それをじっと観た先生が言った。

「キミは何部だ?」
「バスケです」
「美術部に来なさい」

031_interview-4.jpg 物心ついた頃から絵を描いていた彼、デッサンは得意だったが“美術部”という想いまではなかった。だが運命なのか、バスケに励んだ夏の日にヒザを怪我した。退部して美術部に入った。先生の瀧田琇水さんは能面師であり、高名な小倉宗衛氏の弟子だった。石膏像の模写を観て、この子なら彫れると直感したのだ。もともと成水さんは中学の頃から彫刻用加工材を東急ハンズで買っては彫刻をしていた。彫るのが好き、だから「能面を彫ります」となった。
文化祭に能面を出すうちに、アートで生きたい、美大を受験したいという思いが募った。浪人して美大受験の予備校へ。それが屈折の始まりだった。

【屈折の時代】

美術の総本山の学校受験に二浪。ストレスを感じた。精神的につらかった。アートを究めるための日々が、アートから遠ざかるものになった。気分転換で、小学校の同級生ふたりとバックパックの放浪の旅へ出ることにした。行く先はジャマイカ。

3人はラスタマンの山の家に一ヶ月滞在した。ラスタマンとはラスタファリズム、つまり菜食主義、ドレッドヘアを神聖視し、労働者の覚醒、白人社会への反抗を思想のバックボーンにおく生き方である。ストレスのない生活に癒されながら、“ドレッドロックス”(ドレッドヘアの正確な表現で、dread=恐ろしい、locks=ふさの意味)の思想に影響をうけた。

031_interview-5.jpg ジャマイカからニューヨークへ渡る。クィーンズでルームシェアし、生活費を稼ぐため日本食レストランで働く。だがウエイターには、ことばと社交性が必要だ。

「オレには社交性がなかったんだ」と笑う成水さん。社交的な同級生2人は勤まり、彼はクビになった。仕方なく仕事を探す。日本語新聞の求人広告に見つけたのは「求む、アダルトビデオ男優」。社交性がなくても勤まる。ネタにもなるだろうと応募する。女優がつくまでは“ひとり芝居”(どんなのだろう?笑)。30分で250ドルももらえた。こんなファンキーな数ヶ月の放浪後、日本にもどる。

【ゲリラの時代】

美大受験は半ばあきらめ、ダリ、マルグリット、デキリコに浸り、夢見の情景をサイケデリックな絵に描きこんだ。そんな絵をTシャツにして売ろうと考え、ブランド『FEEL』を立ち上げた。仕入れ先を言いくるめて激安で仕入れて制作。委託販売をもらうため都内を売り歩いた。ライブハウスに出入りして、「この音楽にオレの絵が合う」と思えばフライヤーやステッカーづくりを売り込んだ。

若手アーティストの企画展やライブペイントをする中目黒『DEPOT』で、水森亜土ら著名なアーティストが出演するイベント『VERSUS EXHIBITION 01 CREW VS VERSUS EXHIBITION 02 CREW』を知った。そこに乗り込んでやろう、と友人と計画。彼は覆面、アフロヘアのカツラ、コートにスプレー缶という出で立ちで、友人は撮影者。現地に乗り込む。まさに乱入である。

031_interview-6.jpg 隙を見て壁面前に飛び出した。スプレーで絵を描く瞬間、腕をつかまれた。計算通りと思いつつ成水さんは叫んだ。「ホンモノのロックを描かせてくれ!」
つかんだ相手は言った。「強引すぎるぞ。プロにはギャランティを払ってるんだ。キミに描かせたらプロに申し訳ない」
成水さんは覆面を取って相手の目をまっすぐ観た。オーガナイザーの石浦克さんだった。目と目で通じあったのか、石浦さんは彼に“1m四方のスペース”を与えた。成水さんはパンクだが憎めないモチーフのキャラクターを描いた。2002年、27歳、転機の前のゲリラ活動だった。

 

【安曇野からONE LOVEへ】

もうひとつの転機もその頃。続けていた能面づくりを止めたのだ。能面師のグループ展を横浜で開いたとき、展示場にひとりの少年がやってきた。少年は自作の能面を広げた。

「僕の作品を見てくれませんか?」

そこには天賦の才があった。ことばを失った。こいつにはかなわない、そう成水さんは悟った。それまでは業界で最年少の能面後継者を自認していた。それを打ち砕かれた思いがした。先輩の能面師も恐らく同じ思いだったはずだ。成水さんは潔く“可愛いゲリラ”に道を譲ることにした。そのときの少年は新井達矢さん。今、一流の若手能面師として活躍する。

「模刻はやめよう。オレが描きたい絵だけを描こう」

031_interview-7.jpg そして南安曇野郡穂高町。四方が山に囲まれた地に住む。水蒸気がもわもわと上がり、それが雲になる。雲と雲のすき間から夕陽が差し込む。まるでパイプオルガンが「ファー、ファー」と鳴り響くようなオレンジ色の神々しさ。28歳だった。

「自然にはかなわねえ。この雲をいつか描きたい」 描きたいものは身近にあった。

グレイッシュなストリート系のモチーフに加えて、オレンジ色の生命あふれるモチーフが加わった。同時期に観たテレビ番組の中の高名な絵描きのフレーズもささった。『この世には醜いものがある。だからわたしは美しいものだけをつくっている』 嵯峨成一(本名)が嵯峨成水にほんとうになった瞬間。

レゲエ・ミュージシャン、ボブ・マーリィが歌う“ひとつの愛”、ONE LOVEを描こう。東京の町を見る眼が変わった。そこは破壊と創造を繰り返すダイナミズムがある。生活に根ざしたシーンがある。輝く人間がいる。愛がある。回り道はしたけれど、ひとつの愛を描くための九十九折だった。

(interview & words by uttelier go, March 2010)

3つの質問

クリエイターになるための最大の投資は?
覚悟。
作品制作でこだわっていることは?
メッセージをこめること。イメージした完成像にたどり着くまであきらめないこと。
スランプになったときはどうする?
気分転換かな~☆

 

アーティストSEISUIの特別注文

アーティストSEISUIは、絵画の特別注文を承ります。

2010年現展での入選作『愛のはじまりはいつもここから』の、クールで温かい画風がモチーフのひとつです。

南の国、南の島、南の光も、鮮やかに心の光る絵画を創ります。

※ご注文の際にはutteのスタッフが、電子メールや電話等でご依頼事項をお伺いいたします。お客さまのひとつひとつのご注文に心をこめて接しております。

【Body Paint for Wedding/ボディ・ペイント for ウェディング】

画家、アーティストのSEISUIが、あなただけのためにアートなボディペイントをいたします。 くわしくはこちら

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